月別アーカイブ: 2014年5月

【五一乗り鉄シリーズ】武漢から広州へ

5月3日は午前中武漢を観光して、夕方広州に戻る高鉄に乗った。
漢口近くから地下鉄に乗り、途中乗り換えを行い武漢駅近くまで行ったら約1時間近くかかった。タクシーに乗ると高速であっという間につくけど、地下鉄だとやはり各駅に停車するから時間がかかる。だいたい、停車駅数を数えたら20駅を越えていたよ。

さて、余裕を持って到着したあとは、武漢駅で撮り鉄。幸い乗車する列車の改札は発車15分前からなので1時間ほど撮りに撮りまくった。写っている列車は全部高鉄だけど。

乗った列車は、武漢発広州南行きでG列車の4桁のG1147次でCRH3の重連。さすがに3連休終わりの当日こそ売り切れていたが、前日まではパラパラと二等席の残数があった。

一等席と特等席は残っていた。

18時手前に発車した列車は、約5時間近くかけて広州へと移動。約4時間半かけて広州南に到着すると思いきや、広東の清遠駅で10分ほど臨時停車。結局10分の遅れで、広州南駅に到着した。時計の針は22時40分でいつ終電になってもおかしくない広州地下鉄に乗って、広州火車站まで移動。その後、5号線があるかどうか心配だったが、ちょうど、終電に間に合い夜中12時前には家に戻れた。

ただし、その後洗濯をしていたら2時を過ぎていたが。

今回の乗車距離は1069km。
私の乗車距離は43万174kmです。

【五一乗り鉄シリーズ】当陽と荊州の三国志巡り

この日は漢口6時10分発の動車組(D5921次、CRH2)で宜昌(かつての夷陵)東へ行き、駅そばの長距離バスターミナルからミドルサイズバスのイーベイコーに揺られて当陽へ行った(高速利用25元)。

この地は知る人ぞ知る三国志遺跡が豊富な街で、208年に襄陽から江陵へ逃げる劉備軍の趙雲が、この当陽で追いつかれた曹操軍50万のなかから阿斗(後の劉禅)を助けたという故事に基づいた「長坂波公園」や負傷した劉備の奥さんの糜夫人が井戸に身を投げたという「娘娘井」(太子路を奥に行き、1歩裏手に入った道路脇にある商店を折れるとすぐそこにあるが、探すのに苦労した)、橋の上で張飛がハッタリで曹操の大群を引かせた「張翼徳横矛処」(グーグルマップにあった)、219年に関羽が呉軍に捕まり首を切られ、呉の孫権が胴をこの地に葬った「関陵」(首塚は洛陽の関林)などがあある。五一期間は料金がどこも安く、高い門票も一定の割引金額で販売していた。
1 長坂波公園の近くにある趙雲像
2 3 長坂波公園のなかにある趙雲像。
新しく建て直した回廊にはカッコいい趙雲が描かれている。

また、当陽から荊州へ通じる道路の別称が実は麦城路(関羽が最後に籠った城)だったり、当陽の街中に子龍路や翼徳路など思わずニンマリする名前の道路があったり、関羽と関平が斬られた場所「臨沮」を発見するなど、20年前の野望がようやく実現できた。
4 娘娘井
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関陵。30元が23元になっていた

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当陽駅と駅前の車站路を東に10分ほど歩いた場所にある張翼徳横矛処。

その後、バスで荊州(ボロバスで30元、2時間)へ移動し、荊州古城の新南門そばにある関羽祠を見学。荊州は関羽が治めていたため、立派な関羽像が何体もある。
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荊州城内にあるの関羽像、関羽祠(20元)

14 10 荊州古城

晩飯は荊州で食べて、20時50分の荊州発D5836次で漢口に帰投。ところが、地下鉄が目の前で終電になってしまい、途中満員の終バスに乗ってホテルに戻った。
今回のメインとなった三国志遺跡めぐり。
ぶっちゃけ、動車組が開通したおかげで行きやすくなったのですが。

今回の乗車距離は292km+204km。
私の乗車距離は42万9105kmです。

【五一乗り鉄シリーズ】赤壁強行日帰り

この日は朝早起きして赤壁へ行くために、漢口にあるホテルから武漢駅までタクシーを飛ばした。

ちなみに参考までに、遠い武漢駅のアクセスは、
・建設路のホテルから武漢駅までは約70元の30分
・地下鉄2号線と4号線を乗り継いだ場合、5元の1時間
・武漢駅発天河空港行きバス(途中漢口駅下車)の場合、約30分の12元(30分に1本の発車)
・路線バスだと610路の漢口駅行きで1時間半の●元(乗ってないので不明)。

となっている。

それで、乗車1時間半前に到着してしまったため、駅で改簽をし、G列車からD列車に乗り換えをふと思いついた。実は発車10分前を切っており、なおかつ一等席しかなかったが、改簽に成功。猛ダッシュで階段を降りて乗車する。
車両はCRH2Cを使用しており、D列車とG列車のどちらにも運用できる、まさにDの皮を被ったGという扱いだ。
武漢駅を発車したD2101次は、右手に見える東湖をかすめて、40分弱で赤壁北に到着。ちょうど乗務員がジュースと軽食のサービスをしていたが、手前で駅に着いてしまい、朝ご飯の代わりとなる軽食をもらい損ねたのが心残りだった。

赤壁北に到着後、どうやって赤壁古戦場へ行えばいいのか思考を巡らせていたら、観光地に直接行くマイクロバスが出ていた。約10分待って発車。片道約45分、9元。
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赤壁古戦場はいつの間にかテーマパークとなっており、広大になった敷地内にいろいろなアトラクションや施設などを設けて見学コースとしていた。
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6 龐統が住んでいたといわれる鳳雛庵

14 孔明が風を起こしたといわれる拝風台
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いつの間にか、こんな銅像ができあがっていた。

かつて、長江をフェリーで渡り、近くにあった赤壁を観光するルートとうって変わって、125元というちっとも安くない(これでも五一と国慶節期間は25元引きなのだ)入場料を払わされて、半ば放置プレイで手入れが悪くお店も軒並み閉まった園内を3時間も歩かせる苦行が待っている。

11 12 お約束の地

見所は周瑜像と長江の畔の絶壁に赤く塗られた「赤壁」の文字。それ以外は赤壁塔と金城以外見る価値が全然ない。一応、明の時代に建てられた拝風台と鳳雛庵もあったけど…。
13 赤壁塔から見ろした金城

戻りは、同じく観光バスで市内に戻る。今回は高鉄の駅へは行かず、街中にある西站停車場行きとなった。最寄りの道路名は純に草冠が付いた純川大道で、赤壁商店街の中心地となっていた。

バスターミナルから東に歩くこと20分、宝成路という道路とのT字路のところに路線バス停があり、4路のバス(赤壁貨物→赤壁北→長途客運站→赤壁火車站)に1.5元を払い乗車。約15分揺られて高鉄の赤壁北で下車して、15時半のG504次(CRH380BL)に乗り、16時過ぎに武漢駅に到着。
空港行きバスに乗り、途中漢口駅で下車して地下鉄でホテルに戻った。

今回の乗車距離は128km×2
私の乗車距離は42万8609kmです。

【五一乗り鉄シリーズ】激走!? 漢口行き

この日は朝から地下鉄とバスに乗り継ぎ、北京西駅へ行き武漢漢口行きのG2503次に乗車した。五一期間、G高鉄の二等席が売り切れるなか、この列車切符だけは最後まで余っていた。というのも、この列車、他の高速鉄道と比べて遅いのだ。他が大体5時間弱なのに対し、G2503次だけ6時間近くかかるため、みな遅い列車を避けているから大型連休直前でも最後の砦として残っているわけ。

使用車両は16両編成のCRH380ALで、当日席は満席。食堂車は9両目にあり、15元と45元の弁当しか売っていなかった。

列車は発車後、一度は時速300kmまで速度が上がるものの、次の駅の涿州東駅でいきなり後方発の列車に抜かされたあと、保定東、石家庄、邯鄲東、鶴壁東、新郷東、鄭州東、漯河東に停車。漯河ではまたも後続の高鉄に抜かされた。続いて駐馬店に停車後は漢口までノンストップで爆走。

とはいえ、5時間58分のところを6時間超えたダイヤとなってしまった。
漢口から地下鉄2号線が開業していたため、ホテルまでラクに移動できた。

しかし、次は赤壁へ行くのに武漢駅乗車。ホテルからタクシーで50分、100元と言われた。乗り換えで地下鉄が続いているがどうするか? 昨日ウルムチ駅爆発テロもあったため、警備が厳しくなっているだろから早めに駅に入りたい。

今回の乗車距離は1233km。
私の乗車距離は42万8353kmです。