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馬鞍山の鉱山鉄道を見学

5月2日午前。さて、馬鞍山到着後、街の南東にある鉱山に向けて移動を開始。中国でも貴重な鉱山鉄道見学ツアーのはじまりである。最大の露天鉱といえばかつては撫順だったが、生産を縮小している。
はいらーある氏からいただいた地図データを便りに移動した。当日は3路のバスで石山公園まで行き、そこから23路の乗り換え終点の南山鉱で下車。雨が激しくなってきている。花果山ホームには屋根が付いているが、豪雨から身をかばう作りではない。
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バスを降りて200m近く前に進むと、鉱山から国鉄に繫がる線路があり、東風5が貨物を牽引して本線真で運ぶ光景が見られる。この踏み切りを越えた際、道が二又に分かれ、左に行くと途中線路から離れるが、ヤードに行き、右に行くと鉱山鉄道の花果山駅に出る。線路幅は中国鉄道と同じ標準軌。露天鉱へのアクセスは、南山鉱から踏み切りを越えた際、左へ行く道を行けばいいが、バスがないためタクシー利用となる。

激しい雨の中、右に行ったらたまたま鉱山の通勤列車が推進運転で戻ってきた。客車にヘッドライトを特殊改造を施した25B系客車3両にクロコダイルと呼ばれる凸型電気機関車が付いていた。妻戸にはご丁寧に「馬鋼集団、南山鉱業公司」という所属まで入っている。通勤列車は朝と15時と19時の1日3本運行しており、ズリ捨て山方面の69米駅まで向かう。距離換算で3〜4kmといったところか?
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雨が強くなってきたため、心の折れた我々は南山鉱まで戻り朝食を摂り雨足が弱まるまで待つ。
1時間過ぎてようやく雨足が弱まり、近くを走っていたタクシーを3時間150元で貸切り線路沿いに走らせた。大型トラックが頻繁に走っているため道は悪い。南側にもかつて露天鉱はあり、線路も延びていた。
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ほぼ空っぽの最初車両段の近くで降りて列車を待っていたら、別の方角から貨物列車が通過。どうやら地図西の双松というところに工場があり、鉱物をそこで精製するのか。途中から道がなくなるため、線路の上を歩き、約1km先のヤードに出くわす。ここでも丘の上に精製工場があり、ここでも貨物列車が頻繁にやってくる。線路では4本。行きは機関車が先頭に立ち、戻りは推進運転でやってくる。大体5〜10分に1本のペースでくるため、写真撮影には困らない。雨がやんだ。
クロコダイル機関車はカッコいい。無骨でガッシリした体格は鉱山貨物牽引にふさわしいあるべき姿を物語っている。それにしてもこれだけ貨物列車がガチャガチャ音を立てながら行き来す現場はいつ行っても楽しい。しかも所謂B級鉄道と呼ばれる鉱山鉄道ならなおさら興奮もする。
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ヤードへ行き、4本停まっていた貨物を撮影したあとはタクシーを止めた場所まで戻り、いよいよ凹山露天鉱まで車を飛ばす。
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南山鉱から露天鉱までは約6km先。露天鉱ではきちんと観光できる展望台があり、そこから巨大なアリ地獄の底まで見渡せる迫力ある光景が目の前に広がる。不幸にも天候が良くないため、一番対角の場所はやや霞んでいた。地の底を見には、露天鉱で採れた鉄鉱石を大型クレーンで貨車に積む光景が3カ所ほど同時進行で行っていた。展望台横の線路に鉱山へ向かうカラの無蓋車の貨物列車が奥へと消えた。貨物列車は途中何カ所かのスイッチバックを使いながら鉱山の下層下層へと降りていく。半周ごとに線路が敷かれており、バックするときは推進運転。
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お昼になると貨車への積み込み作業も停止してしまう。本線でも貨物は動いていなかった。
鉱山からそのまま市内まで戻った我々は、呉の朱然とその一族の墓を見学後、南京に戻った。
高速バスを利用したが、終点駅は高鉄の南京南駅で、南京駅に戻るにはさらに地下鉄を使わざるを得なかった。
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馬鞍山までたった4元

5月2日は南京から鉱山鉄道が走る馬鞍山まで7101次という慢車に乗って移動した。この列車の発車時間はなんと早朝6時。当然それよりも前にホテルを出なければいけない。5時20分にロビーに集合し、駅まで2kmほどだがタクシーを使った。当然早朝だから切符売り場もガラガラ。今回は加ト吉さんと一緒に行動していた。折しもこの日の天候は雨。午前中は心が折れるほど降っていた。
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南京駅駅のホームには希少価値となった25B系客車が停車。この列車は黄山まで8時間近くかけて走るが、馬鞍山が最初に停車する駅だった。乗車率は1車両10名ほどでガラガラ。切符料金は驚くほど安い4元。1桁運賃は04年の北京北〜昌平北の3.5元、北京北〜八達嶺の4元、懐柔北〜北京の5.5元以来かも。
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硬座車も3人掛けで横になれば立派な寝台に早変わりする。非電化単線区間を走るため牽引機は東風11型。京滬線では使われなくなったが、揚州へ行く寧啓線や蕪湖へ行く寧蕪線などは非電化区間があるため、まだまだ地方支線では現役である。

列車は南京東駅がある栖霞山まで東へ進んだ後、紫金山を時計回りで南下、寧啓線に入る。途中上海から南京へ行く滬寧城際鉄路を並走し、同線ろ仙林駅を過ぎてからは市内の真南側を走り、昨年まで使用していた中華門駅を通過。途中駅で貨物列車や長距離列車と交換する。貨物列車の牽引機はかつて蒸気機関車を駆逐したアメリカ輸入カマのND5が現役で担当している。馬鞍山までノンストップだが、73kmを1時間20分かけて走るため、早朝の寝不足分は硬座に横になり少し回復してもらいたかった。
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7時20分に馬鞍山駅に到着。安徽省に入ってすぐの駅である。午前中の数少ない地元民の足として、ホームには慢車に乗るため大勢の乗客が詰めかけていた。
駅を出て炭鉱へ向かう路線バスを探す。雨足は朝より強くなってきていた。

今回の乗車距離は73km。
私の乗車距離は46万5399kmです。

初日ラストは長江大橋撮り

5月1日のラストは長江大橋撮り鉄。ホテルで加藤氏たちと合流し、バスで四平路広場北まで移動し、降りたあとは長江大橋に繫がる南京大橋南路を目指してひたすら歩く。
南京長稿大橋ルート 14
この位置から長江大橋までは大体1km。5時半近くに今は使われなくなった南京西駅と機務段方面にいく線路の上を通過。そうしたら最近めっきり見なくなった東風11型に遭遇。南京から揚州方面や撫湖方面ではまだ非電化区間があるため、東風4D型に取って代わって主力として活躍している。
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本命は上海〜呼和浩特東行きのZ268次だったが、それ以外でも長江を渡るために駅から橋まで続く高架橋の上を走る列車は周囲に遮蔽物がないため撮りやすい。
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和諧D2Bの貨物列車も来るし、色が異なるカラフルな編成の列車も通過したりと約1時間ぐらい滞在したが見応え、撮り応えのある場所だった。
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乗った南京行きは当たり? 外れ?

お昼に上海駅近くのココイチで加藤氏たちと待ち合わせ。やっぱりココイチはいい。事務所は広州にあるのに店舗は深圳のみとはちと寂しい。
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午後は買った列車チケットが違っていたので、南京のホテルで合流することになった。
私が買ったチケットはG9476次。上海から南京南を経由して、合肥に行く臨時高速鉄道。臨時という名前がつくため、普段は扱っておらず、五一のような繁忙期にときどき登場する。5月1日、上海から南京行きの切符が軒並み売り切れ状態のなか突如現れたこの臨時便に私は食いついた。
南京南行き切符

ネックになっていたのは所要時間。上海〜南京間は大体100〜120分前後に対しこの列車は2時間半もかかり、しかも停車駅は南京南駅。てっきり滬寧城際鉄路は南京駅から合肥方面に向かうだろうとタカをくくっていたが、どうやら線路自体が南京長稿大橋方面に繫がっている可能性が低く、動車組で長江を渡り、南京駅から他の地域に移動するという選択肢はなさそうだ。

切符改札開始は大体発車15分前。上海駅は以前の改装工事で軟臥候車室がなくなったかと思ったら、しっかり駅中にあった。
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ホームに降りると見たことない動車組が…。おおっ! これはボンバルディア社ZEFIRO380ベースの和諧380D(CRH380D)ではないか! しかも重連。2013年より滬寧城際鉄道、滬杭城際鉄道を走りはじめた高速車両で、当初の20本は上海鉄路局に納められ、今後増産体制が決まっている。正面から見ると大してカッコ良くないが、側面から見るとサイドビューからライト部分にかけてくねるように描かれる黒いラインがカッコいい。屋根の上にMSのようなカメラがついていた。
7-CRH380D IMG_7080
16両固定編成はなく、普通に8両固定編成だ。16両にしてしまうと、閑散期の運用に困るからだ。

車両の種類は特等席と一等席と二等席の編成。特等席はおそらく両端の先端についている。ただ、二等席以外の一等席と特等席な何号車にあるかまではチェックできなかった。何しろ無座の乗客も多く、扉付近でしゃがんでうずくまる座席難民もおり、トイレまでいくのが精一杯だったからだ。
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G9476次は13時18分に上海駅を発車。上海から南京までのルートは京滬線、滬寧城際鉄道、京滬高速鉄道の3ルートに分かれているが、G9476次は京滬高速鉄道を運行。陽澄湖の端を掠めるように走っていたのが印象的だったが、発車後すぐの昆山南駅で3回、無錫東駅で1回、鎮江南駅で2回抜かされたことにガッカリ。高速鉄道の臨時列車とはいえども、ダイヤの間を縫う時間しか設定をもらえず、悲しいかな、昆山南では30分上待たされたこともあった。
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また、トイレに行くときに気がついたこの車両の欠陥とも呼ぶべき内装は二等席の天井の狭さ。よくよく見ると車両端から1/3までスピードメータパネルが出っ張っており、網棚スペースはリュックは置けず薄いビジネスバッグぐらいなら置ける高さとなっていた。
IMG_7072←問題の網棚スペース
残り2/3以降は普通に荷物が置ける網棚スペースがあったものの、なぜこのようなヘンテコな作りになってしまったのか全然理解できない。カッコよさを追い求め、知らず知らずのうちに乗客に苦痛を与えるこの室内設計を許可した製造元のボンバルディアと四方客車には喝を入れたいくらいだ。
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南京南駅到着後は発車するCRH380Dを追い撮りしたのちは、地下鉄で南京駅まで移動。南駅から南京駅までざっと50分。いやはや遠い駅であることには変わらない。
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今回の乗車距離は311km。
私の乗車距離は46万5266kmです。

五一午前中は撮り鉄三昧

上海南駅に到着後は、昨晩南京南行き高鉄切符をを発行し駅切符売り場に向かう。地下鉄から駅入り口に向かう人だかりはできていたが、切符売り場はさすがにガラガラ。

切符を手にした後は地下鉄1号線の終点、莘庄まで向かう。この駅の跨線橋から滬昆線が通過するので、ここを利用すれば、時間帯にもよるがそこそこ撮れる。

実は一番良く目にする列車は上海南〜金山行きの金山城際鉄路。日本の新幹線と同じタイプの和諧2Aがバンバン走っている地域で、10分に1本置きにやってくるため、撮るには困らない。ただ1回上海南駅発車の重連編成の和諧2Aは途中から上海虹橋方面に進行方向を変えて進んでいってしまった。
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この重連和諧が停まっている間、やって来たのが、深圳〜上海南行きのT102次。もともとは武昌〜長沙間を結ぶオール軟座列車で使用されていた番号だったが、07年4月のダイヤ改正で、和諧号に譲る形で消滅。列車番号そのものは、上海南〜深圳間の列車として走っている。
2_T102

続いて、芦潮港から上海に入るK8352次が通過。この日は周恩来号が先頭に立ち、BST5両と緑に塗りたぐった電源車を牽引していた。
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上海南駅発の長距離Z列車は包頭〜上海南〜杭州行きのZ281次。和諧D1D型に牽引されて、ラストスパートをかける。
4_Z281次杭州行き

最後にやって来た珍しいお客さん。おそらく上海方面からだと思うが、東風7型に牽引された25T系荷物車専用列車。ここで荷物の搬送をやっているかは分からないが、貴重な組合せな編成はここだけでしか見れない貴重な1枚となった。
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短時間で、ここまで効率よく写真が撮れたのはすごく久しぶり。欲を言うなら、Z列車やT特快列車が通過する時間帯をチョイスしたいものだ。

五一前日はZ116次で上海へ

先日五一の連休のとき、南京へ向かうべく、広州東〜深圳/深圳東〜上海南というルートを経由。4月30日に乗車した列車はZ116次だ。
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現在、上海と深圳間を結ぶ列車は高速鉄道、週末運行の寝台動車組を含めて1日13本。上海深圳間最初の直通列車は06年春節に登場した滬深臨時特快・L139次。1日1本運転で27時間も要したのだった。あれから9年、沿岸都市を走る高速鉄道の開業も含めると、滬深間の鉄道利用も便利になった。今回乗車したZ116次は特快時代も含めるとようやく登場満1年目を迎える。

同列車が登場した14年7月の段階ではT106次だった。これは、11年6月に廃止となった済南〜杭州を結ぶ特快列車だった。また、Z116次は09年に数カ月間登場した上海南〜福州間を結ぶZ列車だった。04年までは特快列車をはじめとする列車番号は何かしらの意味を持っていたものの、高速鉄道の相次ぐ開業で動車組、高速鉄道の1日辺りの運行本数が全国の50%も占めると「伝統ある列車番号」は徐々に有名無実化になってきている。

Z116次の発車駅は深圳駅ではなく12年12月から運用を開始した深圳東駅。羅湖から老街まで羅宝線、老街から布吉まで龍崗線に乗り継ぐ。布吉駅と繫がっている同駅は、羅湖から最短でも30分近くはかかる。かつては深圳北駅だったが、10年末に開業した広深高鉄の深圳北駅が龍華新区にできたため、なぜか「深圳東駅」に名称が変更となった。深圳駅と深圳西駅の容量を解消するため誕生した同駅では、1日20本の列車が発車している。軟席候車室では、鉄道公安のプライベートルームとなっていた。
1 IMG_7024寝る方が大事
チケットは何故か発売制限がかかっており、乗車日を含めて4日前から発売開始になる。高級軟臥は12306に掲載しているものの、実際はなし。というかこの列車、高級軟臥車1両と硬臥車3両が欠落していて、現在は14両編成で運行している。
寝台票 Z116次の寝台票

同列車の前身は、14年7月に登場したT106次。最初から時速160km運行の25T系客車を使用していた。後の同年12月に行われたダイヤ改正ではZ列車に昇格しZ116次として現在に至っている。深圳東駅発の牽引機は南局南段の和諧D1D型だった。今では深圳ではこの機関車が主力となっている。客車は現在進行形で緑塗装が進む客車と白紺ツートンの客車がごちゃごちゃで編成している。この珍しい光景が見られるのは今しかない。
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14時35分に深圳東駅を発車した同列車は、和諧号が走らない広深線の第3、4線を伝ってゆっくり走る。腐った藍箭が放置されている平湖貨物操作場を横切り、樟木頭通過後、東莞手前から京九線に入って北上する。
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東莞東駅を通過したのちは、山と緑が多い山間の隙間をくねりながら奥へと進んでいく。広東と江西の境となる龍川から河源にかけては険しい山間が続き、ときおり夕日に照らされた山の影が点在する馬蹄型の客家集落に差しており、明るい面積がどんどん小さくなってくる。龍川駅では緑皮車慢車の梅州〜龍川7000次番台が停車していた。
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夕食は18時近くからはじまっていた。料金と量と味は許容範囲。車内でビールを飲むと夜中寝付けなくなるのだが、そもそも冷えたビールを置いていない列車だったので、アルコールは止めにした。新型車両は掛け布団が手放せないほどエアコンが効いており、テーブル下の電源のおかげで寝ている間に携帯電話のバッテリーチャージもバッチリだ。
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翌朝6時半近くに目が覚めると、列車は杭州の銭塘江を渡っている最中、杭州東駅から海寧駅、嘉興駅の2カ所に停車し、8時半には遅延することなく上海南駅に到着した。上海に到着したときも牽引機は和諧D1D、ただし上海鉄路局だった。
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この列車は、途中にある中級都市クラスの駅に停車するため、乗車率はかなり高い。09年に乗車した広州東〜京九線経由上海南行きのZ83次は東莞駅以外すべて通過する速度優先ダイヤだったため、乗車率が上がらないまま3カ月以内に運休となってしまったが、途中停車駅が多いZ116次は、高い乗車率を維持している。端から端までだと料金、所要時間共に寝台動車組に負けるが、内陸部を走るため、需要はそれなりに高い。
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本来のZ列車(直達特快)の売りはノンストップ運行と速度優先のふたつを正当化させることでその地位を保っていたが、14年12月のダイヤ改正で25T系客車を使用しているT特快列車は、途中停車が少ないダイヤ優先列車でも、途中停車駅が増えて快速よりややボジションが高い列車になっても圴一の列車称号になった。
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途中停車駅を増やすことで、利用する乗客を増やしていく方針は、これまで速度優先をひた走っていたひとつの時代が終わったことを意味する。1500両もの25T系客車の生産がしばらく続くため。Z列車は今後も増えていくが、花形列車としての地位はすでにない。とはいえ、この列車も7月1日以降の運行が無確定なのが、Z列車愛好家としては今一番気になっているネタなのだ。

今回の乗車距離は1676km(同日の深圳行きも含める)。
私の乗車距離は46万4955kmです。