カテゴリー別アーカイブ: 食堂車

食堂車の紹介

五一前日はZ116次で上海へ

先日五一の連休のとき、南京へ向かうべく、広州東〜深圳/深圳東〜上海南というルートを経由。4月30日に乗車した列車はZ116次だ。
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現在、上海と深圳間を結ぶ列車は高速鉄道、週末運行の寝台動車組を含めて1日13本。上海深圳間最初の直通列車は06年春節に登場した滬深臨時特快・L139次。1日1本運転で27時間も要したのだった。あれから9年、沿岸都市を走る高速鉄道の開業も含めると、滬深間の鉄道利用も便利になった。今回乗車したZ116次は特快時代も含めるとようやく登場満1年目を迎える。

同列車が登場した14年7月の段階ではT106次だった。これは、11年6月に廃止となった済南〜杭州を結ぶ特快列車だった。また、Z116次は09年に数カ月間登場した上海南〜福州間を結ぶZ列車だった。04年までは特快列車をはじめとする列車番号は何かしらの意味を持っていたものの、高速鉄道の相次ぐ開業で動車組、高速鉄道の1日辺りの運行本数が全国の50%も占めると「伝統ある列車番号」は徐々に有名無実化になってきている。

Z116次の発車駅は深圳駅ではなく12年12月から運用を開始した深圳東駅。羅湖から老街まで羅宝線、老街から布吉まで龍崗線に乗り継ぐ。布吉駅と繫がっている同駅は、羅湖から最短でも30分近くはかかる。かつては深圳北駅だったが、10年末に開業した広深高鉄の深圳北駅が龍華新区にできたため、なぜか「深圳東駅」に名称が変更となった。深圳駅と深圳西駅の容量を解消するため誕生した同駅では、1日20本の列車が発車している。軟席候車室では、鉄道公安のプライベートルームとなっていた。
1 IMG_7024寝る方が大事
チケットは何故か発売制限がかかっており、乗車日を含めて4日前から発売開始になる。高級軟臥は12306に掲載しているものの、実際はなし。というかこの列車、高級軟臥車1両と硬臥車3両が欠落していて、現在は14両編成で運行している。
寝台票 Z116次の寝台票

同列車の前身は、14年7月に登場したT106次。最初から時速160km運行の25T系客車を使用していた。後の同年12月に行われたダイヤ改正ではZ列車に昇格しZ116次として現在に至っている。深圳東駅発の牽引機は南局南段の和諧D1D型だった。今では深圳ではこの機関車が主力となっている。客車は現在進行形で緑塗装が進む客車と白紺ツートンの客車がごちゃごちゃで編成している。この珍しい光景が見られるのは今しかない。
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14時35分に深圳東駅を発車した同列車は、和諧号が走らない広深線の第3、4線を伝ってゆっくり走る。腐った藍箭が放置されている平湖貨物操作場を横切り、樟木頭通過後、東莞手前から京九線に入って北上する。
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東莞東駅を通過したのちは、山と緑が多い山間の隙間をくねりながら奥へと進んでいく。広東と江西の境となる龍川から河源にかけては険しい山間が続き、ときおり夕日に照らされた山の影が点在する馬蹄型の客家集落に差しており、明るい面積がどんどん小さくなってくる。龍川駅では緑皮車慢車の梅州〜龍川7000次番台が停車していた。
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夕食は18時近くからはじまっていた。料金と量と味は許容範囲。車内でビールを飲むと夜中寝付けなくなるのだが、そもそも冷えたビールを置いていない列車だったので、アルコールは止めにした。新型車両は掛け布団が手放せないほどエアコンが効いており、テーブル下の電源のおかげで寝ている間に携帯電話のバッテリーチャージもバッチリだ。
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翌朝6時半近くに目が覚めると、列車は杭州の銭塘江を渡っている最中、杭州東駅から海寧駅、嘉興駅の2カ所に停車し、8時半には遅延することなく上海南駅に到着した。上海に到着したときも牽引機は和諧D1D、ただし上海鉄路局だった。
20 海寧駅 21

この列車は、途中にある中級都市クラスの駅に停車するため、乗車率はかなり高い。09年に乗車した広州東〜京九線経由上海南行きのZ83次は東莞駅以外すべて通過する速度優先ダイヤだったため、乗車率が上がらないまま3カ月以内に運休となってしまったが、途中停車駅が多いZ116次は、高い乗車率を維持している。端から端までだと料金、所要時間共に寝台動車組に負けるが、内陸部を走るため、需要はそれなりに高い。
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本来のZ列車(直達特快)の売りはノンストップ運行と速度優先のふたつを正当化させることでその地位を保っていたが、14年12月のダイヤ改正で25T系客車を使用しているT特快列車は、途中停車が少ないダイヤ優先列車でも、途中停車駅が増えて快速よりややボジションが高い列車になっても圴一の列車称号になった。
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途中停車駅を増やすことで、利用する乗客を増やしていく方針は、これまで速度優先をひた走っていたひとつの時代が終わったことを意味する。1500両もの25T系客車の生産がしばらく続くため。Z列車は今後も増えていくが、花形列車としての地位はすでにない。とはいえ、この列車も7月1日以降の運行が無確定なのが、Z列車愛好家としては今一番気になっているネタなのだ。

今回の乗車距離は1676km(同日の深圳行きも含める)。
私の乗車距離は46万4955kmです。

【五一乗り鉄シリーズ】激走!? 漢口行き

この日は朝から地下鉄とバスに乗り継ぎ、北京西駅へ行き武漢漢口行きのG2503次に乗車した。五一期間、G高鉄の二等席が売り切れるなか、この列車切符だけは最後まで余っていた。というのも、この列車、他の高速鉄道と比べて遅いのだ。他が大体5時間弱なのに対し、G2503次だけ6時間近くかかるため、みな遅い列車を避けているから大型連休直前でも最後の砦として残っているわけ。

使用車両は16両編成のCRH380ALで、当日席は満席。食堂車は9両目にあり、15元と45元の弁当しか売っていなかった。

列車は発車後、一度は時速300kmまで速度が上がるものの、次の駅の涿州東駅でいきなり後方発の列車に抜かされたあと、保定東、石家庄、邯鄲東、鶴壁東、新郷東、鄭州東、漯河東に停車。漯河ではまたも後続の高鉄に抜かされた。続いて駐馬店に停車後は漢口までノンストップで爆走。

とはいえ、5時間58分のところを6時間超えたダイヤとなってしまった。
漢口から地下鉄2号線が開業していたため、ホテルまでラクに移動できた。

しかし、次は赤壁へ行くのに武漢駅乗車。ホテルからタクシーで50分、100元と言われた。乗り換えで地下鉄が続いているがどうするか? 昨日ウルムチ駅爆発テロもあったため、警備が厳しくなっているだろから早めに駅に入りたい。

今回の乗車距離は1233km。
私の乗車距離は42万8353kmです。

【五一乗り鉄シリーズ】T58次で北京へ

成都〜北京西を結ぶ成都鉄路局成都客運段のT58次は今年の1月12日に誕生した長距離列車。本来は北京西と鄭州を結ぶ昼間運行の特快列車だったが、07年の動車組開業後に廃止。その後、約7年ぶりに成都鉄路局の花形特快として列車番号は復活を遂げた。
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成都鉄路局のヒエラルキー(車内の壁にかかっている時刻表の左上から始まる)は、
Z124次の成都〜上海
T8次の成都〜北京西
T10次の重慶北〜北京西
その次がT58次の成都〜北京西となっている。

しかし、列車の車両の質と速さだけを見れば、成都鉄路局の客車列車のなかではダントツトップクラスなのである。
牽引機関車は最近登場した時速160km、武局南段の和諧D1D型で車両は25T型。
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T57次は2365kmを21時間半台で走破し、T58次も平均時速100kmで走るから、今まで遅く感じていたT8次より4時間以上短縮しているため全然頼もしく感じる。また、車両編成も(北京方向)硬臥11両、軟臥3両、食堂車、硬座2両(成都方向)という編成は、寝台切符が全然買えない四川行きの列車から切符が買える四川行きの列車に変貌を遂げたことを意味している。今回16両が欠けていてトータル17両編成となっている。
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車内電源は使用可。成都駅の軟臥待合室。軟臥候車室には携帯電話無料の充電機器があった

直前にはさすがに買えないが、ある程度前もって臨めば十分に買える量がある。
私は軟臥の下段を購入。後方の5両目だから、成都駅では機関車が連結される先頭車の18両まで撮りに行くのは非常に骨が折れる。和諧D1Dは漢口止まりで、漢口〜北京西間は韶山9型が牽引する。
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列車は11時16分に成都駅を発車し、達成線、遂渝線を経由して重慶北に到着。その後は長江を渡り、山岳地帯の渝利線、宜万線を経て宜昌東へ。宜昌東からは三国志の関羽が治めた荊州を東西に一直線に結ぶ宜漢線を経由して漢口へ、漢口から京広線で北京へと向かう。
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一番左側の画像は、もともとあった山を切り崩して平地にしたけど、電線塔が残っているため、電線塔の部分だけ残している

もともと動車組向け高速設定をしている重慶北〜宜昌東間は当面動車組の設定がなく、かつ旅客列車の本数もあまりないので成都から漢口までの間は非常に余裕を持ったダイヤ設定をしており、到着まで30分以上早く着くこともあった。宜昌から漢口のあいだの潜江駅では動車組に2本抜かれるため、24分停車する。それでも漢口まではダイヤにかなりゆとりがあった。
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左側は恩施駅、右側は宜昌東駅

ところが、京広線に入るとやはり在来線の混雑ぶりがボトルネックとなってしまっており、結局30分遅れて北京西駅に到着したのである。

気なっていた食堂車は、なぜか硬座と軟臥の間の3両目に設定しているため、18両目から3号車まで食事を摂りに行くのはさぞ大変だろう。T7/8次と同じような料理を期待したら、味はともかく価格はすこぶる高い。ご飯こそ自由にお代わりできたが、かなり痛い出費となる。また弁当は38元オンリーだった。労働者の代表だったT7/8次と比べ、T58次はホワイトカラー層の列車になったのだろうか?
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写真 3 写真 32 朝の麺は25元で辣椒入り。むせる

成都鉄路局らしくサービスはいいが、飯の高さに辟易した列車である。
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30分遅れて北京西駅に到着

今回の乗車距離は2365km。
私の乗車距離は42万5064kmです。

T240次、第1列車に乗車

周りからは別にもう乗らなくてもいいじゃん、と言われ続けるのだが、そこは趣味の世界観が異なるために仕方のないことと言い聞かせ、1060回目の乗車は昆明〜北京西を結ぶT240次に決定した。この列車、もともと同年7月運行開始の予定だったのだが、25T車両生産が間に合わず結局11月30日まで延びた。しかし、25T車のそのものの生産は13年度で計726両の受注が行われるので、今後の長距離特快およびZ列車の誕生に期待したいところだ。

切符購入は広州でも楽勝。というかすでに昆明から北京まですでに2便の特快と快速があるのに、なぜまた1便増やすのかは疑問に思う。ダイヤを見るだけだとお世辞にも効率のいい移動とはいえず、朝昆明を発車して夕方貴陽、翌朝長沙、武昌と停車。終点の北京西には22時半に到着をし、さらに折り返し運転となるT239次は早朝6時24分の発車だから始発から終点まで乗り通す乗客向けじゃない列車なことは確かだ。
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さて、市内をどんよりした雲が覆った発車当日の昆明駅はひたすらこの日処女運行となるT240次運行の宣伝で溢れていた。全新車底、全新設備、全列臥鋪、全新体験という4つのキーワードでこの列車をアピール。ホーム上では報道関係者、公安、駅職員など計100名を超える関係者が集まり、少数民族に扮した女性乗務員と一緒に記念撮影をしたり、鉄道関係者にインタビューしたりとさながらお祭りムードに包まれていた。
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この列車は全車両寝台編成となっており、昆明←1号車(欠、荷物車か)、2〜9号(硬臥車)、10、11号車(軟臥車)、12号車(食堂車)、13〜18号車(硬臥車)→北京西で昆明始発は予想通り和諧電気3Cが担当。報道カメラマンたちは乗務員や車内の設備こそ撮影し続けたが、牽引機を撮影する人影は見なかった。
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乗務員はまだ20代前半の女性といったところか。「為了服務人民」が徹底されており、乗車する時は同列車の時刻表の紙を渡され、発車直後は各個室内を回り挨拶と車内設備の使い方をいちいち説明して回った。軟臥車内の個室と通路はしっかり電源が使えるようになっているため、おかげで無事に車内でも仕事ははかどる。ただし、長沙まではひたすら山中を走るため、携帯電波はすこぶる悪いが。
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今回気がついた点といえば、トイレに窓がなくなっており、換気が稼動していた。ちなみにトイレドアの備え付けはすこぶる悪く、内側から扉を足で押さないとカギがかからないほど固い。そういえば、軟臥の個室スライドドアも一瞬内側からカギを閉められたのかと思うほど固かった。トイレはお約束の床下タンクに備え付けているのに、駅停車中は使用できないという理解に苦しむ習慣は残っている。しかも長沙、武昌等では遅延でも20分きっかり停車してくれたため、朝トイレは辛かった。
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軟臥車の暖房は夜中暑いと感じるほど効いている。テレビも備え付けられているが、さすがに著作権に抵触するドラマや映画の放映は止めて、ひたすら12306の番組を紹介するというつまらない内容だった。夜中になると隣部屋から聞こえてくる子供の夜泣きがすごく気になり眠れなかった。列車は選べても乗客は選べないのは仕方がないか。

23 食堂車メニュー
車内にあるパンフレットに食堂車の料理メニュー表があったが…すこぶる高い。一番安いトマトとタマゴの炒め物で22元、肉系は大体35〜38元でセットメニューは42〜58元。まじめに頼むと1食で70元近くかかってしまうのだ。正直カップ麺や弁当持込みの方が幸せになれるのではないか?と感じた。ちなみに、車内弁当も売っており、米線は15元(食堂車は20元だけど量はずっとある)、弁当15元と30元。30元の方が当然おかずもご飯の量も豊富なのだが、おかずは選べないのが辛いところ。正直途中駅の屋台に並べられた食料品の方がコスト的には安く上がる。
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ちなみに、30日の昼は30元弁当、夜は65元の料理、1日の朝は米線20元で過ごしている。
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列車は、昆明を発車してから上海に続く滬昆線をひたすら東に走るルートを採用しており、長沙までは途中曲靖、宣威、六盤水、安順、貴陽、玉屏、懐化、類底、湘潭等に停車。雲南省と貴州省の省境はカルスト地形に似た小盛に突き出た山々が連なっている。11月27日未明に貴州省安順近くの線路付近でガス漏れ事故があり、8000名の乗客が足止めを喰らったニュースを見た。この事故の影響がまだ残っており、安順手前から貴陽までデッキでの喫煙はやめてくださいという告知があった。でも架線と接するパンタグラフから発する火花から引火しないのかという疑問符は残るが…。

8時近く、長沙到着で目が覚めた。機関車は韶山9G型に付け替えられたようだ。列車は約30分の遅れを出している。どんよりした天気は湖南省に入ってからはすっかり快晴となっていた。9時41分、咸寧駅を通過。昆明〜貴陽間は線路工事と貨物列車の本数の多さによるダイヤ過密の影響による約30分の遅延が発生している。
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この遅延はだらだと伸び続け、本来18時半到着の邢台駅ではすでに遅延2時間台に達しており、確実に24時を超えて北京西駅に到着する。なんだか、夜中発車して夜中到着する民工臨客を思い出す。そもそも、京広線特快で快適にサクサク進む列車は北京発なら広州/広州東行きと香港行きのT15次、T97次の2便しかなく、T201次も30分の遅延を生じさせ、T13次とT89次は25T車のくせにやはり遅い。

ちなみにT240次も長沙を過ぎたら岳陽、武昌、駐馬店、漯河、鄭州、新郷、安陽、邯鄲、邢台、石家庄、保定と11ヵ所も停車、特快というか快速扱いに近い。21時24分、石家庄に停車。朝長沙を発車してすでに14時間以上経過。すっかり、この列車の長時間乗車が嫌になってきた(笑)。ちなみに、乗務員のおねーさんは翌朝6時24分の発車に間に合わせるために全員4時起きだそうだ。
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23時過ぎに保定駅を出発。24時17分に北京西駅に到着。37時間半完鉄です!
もうしばらく、昆明というより京広線走る特快はいいや。

今回の乗車距離は3174キロ。
私の乗車距離は41万9560キロです。

オマケ〜北京〜昆明間の列車歴史〜
1971年8月1日32/31次列車として誕生
1975年9月21日直快に格上げ
1981年10月11日62/61次に特快に格上げ
2007年4月17日K471次が登場
2013年11月30日T240次が登場で第1列車が約2時間の遅延。

K365次昆明行きに乗る

さて、本命のT240次に乗車するために広州駅から昆明行きのK365次の乗車した。本来なら北京からT239次で昆明まで行き、その後K364次で広州便に乗車できればよかったものの、12月は週末以外の平日休みが取りづらいため、やむを得ず昆明経由北京回りとなってしまったのだ。

今回乗車したK365次は同じ昆明行きのK483次と車両の回しあいで運行しているが、この運行はK365次が広州から昆明に戻ってきたあと、折り返し運転がK483次になる。
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さて、この列車の編成は←広州KD+4YZ+CA+RW+11YW+XL昆明→となっており、7両目軟臥車から先頭車撮りになると広州駅発では12両先まで行かなければ行けないのが辛い。しかも28日の発車は昆明からの列車の広州到着時間が遅れたため、ホームへ行けたのは発車10分前、結局15分ほど遅れての発車となった。牽引機はオレンジ亀こと東風4B型。
K365 走って先頭車まで行けば良かった…

昆明鉄路局ホットラインカード

昆明鉄路局ホットラインカード

この列車、乗車した軟臥車の個室内には充電用電源はなかったものの、通路に合計4ヵ所充電用電源があったのは非常に助かった、やはり、モバイルなしでは生きていけない生活になっているため、25時間の乗車でネットが使えても電源が使えなければ意味がないのだ。もちろん、軟臥でしか電源が使えないため、時間が経つにつれて電源争奪戦が始まるわけとなるが。
電源

この列車、広州〜佛山〜肇慶〜陽春〜茂名東〜という順に停車をしていくのだが、とにかくこの辺の区間は遅い。というか単線だから佛山まで行くのに3本の旅客列車とすれ違い、そのうち2本はこちらが譲った。おかげで、ますますダイヤがジリジリと遅れてきた。車内はとにかく満席。とくに硬座車から硬臥車へ補票して移動する人が多く、食堂車へ行ったら隣に見えた硬座車はとにかく人で溢れていた。硬臥がガラガラだからすんなり補票できたが、硬臥も満席なら食堂車から軟臥へ座席難民が流れてくるんだろうなと考えただけでゾッとする、
北江を渡る 三水近くの養家鴨所 三水過ぎて珠江に流れる北江を渡る

食堂車のメニューはきれいになったっぽいけど、旅金がアホ見たく高い。25〜33元ぐらいは当り前。合計で57元。しかも塩っ気がまったくなく残念な味だった。夜になると、軟臥通路の電源取り合戦が始まっていて、電源するために並び待ちをする人が出たほど。この光景が22時過ぎまで続いたのだから、よほど皆さん車内の生活に飽きてモバイル依存になっているに違いない。
夕食

23時過ぎに玉林駅に停車したことは覚えているが、その後翌朝7時過ぎまでどこに停車したか覚えていない。せいぜい、百色を発車したあとようやく目が覚めた。山の上を走っているからとにかく寒い。ダウンジャケットぐらい持ってくればよかったと後悔した。朝ご飯は車内販売の米線(15元)。
朝食

威舎では、紅果から滬昆線とを結ぶ威紅線が合流しており、ここでは韶山3型が使用されている。南昆線へは入ってこない。ちなみに南昆線での機関車はこの路線でしか見られない韶山7型初期がまだ現役で頑張っている。K365次の牽引機は韶山7C型だが、貨物はすべて韶山7型だった。
韶山7

ちなみに晴れていれば最高なのにという景色はいくつもあった。菜の花で有名な羅平は山のなかを走るというより、山の尾根近くを走るといった感じで、ひたすら麓を見下ろすような線形となっている。また、有名観光地石林そばにある石林駅周辺もじつは回りが石だらけという不思議な光景が続いていた。
羅平 石林

石林を過ぎてからベトナム国境・河口から続く昆河線とクロス、並走しながら昆名駅に向かっている同列車。遅れていたダイヤもようやくオンタイムに戻っていた。

そして、寒い寒い昆名駅に到着。すぐホテルの部屋を確保すべく再開発まっただ中の駅前から北に延びる北京路に足を向けた。
昆明駅 昆明駅周辺、再開発で何もありません

今回の乗車距離は1637キロ。
私の乗車距離は41万6386キロです。

T201次で広州に帰投 10月6日

10月6日、北京から広州への帰投は寝台列車を使った。この列車は現在大陸から海南島三亜行きの唯一の列車となってしまい、本来なら3日目(10月8日)朝5時の三亜着まで完乗したかったのだが、8日から会社をサボるわけにもいかず、しぶしぶ広州下車を選択した。

牽引機は広州まで韶山9G型が担当

牽引機は広州まで韶山9G型が担当

高級軟臥は2段ベッドとプライベートトイレ付き。できればシャワーもつけて欲しかった

高級軟臥は2段ベッドとプライベートトイレ付き。できればシャワーもつけて欲しかった

ちなみに、軟臥、硬臥はとうに売り切れていたので高級軟臥しか選択肢がなかった。すでに7日に広州戻りの高鉄二等席を買っていたため、帰れないということはない。今回寝台を選択したのは今回の乗り鉄で完全に長距離列車寝台に魅了された同行者であり、切符の差額は同行者に負担していただくことで切符の変更を了承した。個人的には、たとえ1泊減らすとはいえ、1388元の高級軟臥上段の選択は金欠者にとっての経済的負担が大きいから差額の補填は助かった。

この列車はT16次の折り返し運転で三亜まで行く

このT201次はT16次の折り返し運転で三亜まで行く

切符自体は発車3日前ぐらいに発売をするようで、偶然9枚の売れ残りを確認し、高鉄の二等席を払い戻しして無事二枚購入に成功。高級軟臥でもその日のうちに売り切れてしまった。同行者が高鉄利用を嫌がったのは、二等席で9時間半は体が持たないことと、深夜10時に広州南に着いてから市内まで戻ると家に着くのが12時近くになり翌朝がしんどいというのが本音。それは同意見。
T201次ならよほど重大な事故が起こらない限り遅延が発生しても30〜60分以内、7日の16時には広州駅に到着しているのだから、そりゃあ軟臥クラス以上の切符が買えるなら文句はない。

それで向かった北京西駅。朝から濃霧のおかげで市内郊外ともに視界が悪かった北京だが、夕方気温が高くなるにつれて視界も良くなってきた。

乗車した高級軟臥は8号車目にあたり、7号車が軟臥車、9号車は食堂車である。乗務員は7号車と8号車を兼任していた。個室内の電源はきちんと通っているし、トイレの吸引式排水も押しボタンのレスポンスが悪いところ以外はまあまあ使える。18時11分、大勢の乗客を乗せた列車は3500キロ先の三亜に向けて旅立った。

高級軟臥通路

高級軟臥通路

このT201次は、北京西〜広州間においてかつて同区間を結んだT29/30次の名残として、最も印象付けるのは停車駅。同区間を20時間54分で結び、石家庄、鄭州、武昌、長沙、郴州、韶関東を停車する。T201次自体は07年4月のダイヤ改正時に登場している。

発車2時間後には石家庄に停車をし、さらに4時間後には鄭州に停車。その間、食事を摂りに隣の食堂車へ行くが予想通り無座の座席難民で溢れていた。
待つこと食堂車のスタッフが彼らをどかしてようやく座ることができたのである。料金は相変わらず高額設定で、肉系が35元、野菜系が20元、卵炒め系が25元だから、同行者がいなければ、事前に駅の吉野家で牛丼飯を買い込んで乗車していたに違いない。

肉料理は35元からなので高い

肉料理は35元からで高い

高級軟臥の上段は車両の底からくる振動に悩ませられずにグッスリ眠れた。旅行中、ホテルでは夜遅くまで仕事メールのチェックやブログアップのための写真整理や加工縮小などを行うため、どうしても12時を過ぎることが多く、それでいて6時には起床というスケジュールが続き、疲労のせいかどこか調子がおかしかった、そのため今回は10時前に床につき、翌6時半に起床。食堂車で朝食を摂ったあと、また11時まで熟睡できたのだから、ダメ人間の幸福ここに極まれりといったところか。

朝食は焼きそばとお粥とゆで卵のセットで20元

朝食は焼きそばとお粥とゆで卵のセットで20元

2日目は長沙、郴州、韶関東にそれぞれ停車。すれ違う貨物列車の電気機関車ははほぼ和諧D1C型に置き換えられていた。

長沙駅の駅弁販売。18元だったけどなぜか表示は15元

長沙駅の駅弁販売。18元だけどなぜか表示は15元

7日の広州行きは熾烈な争いが待っている

7日の広州行きは熾烈な争いが待っている。長沙駅

郴州で和諧電気1C型が貨物列車を牽引してきた

郴州で和諧電気1C型が貨物列車を牽引してきた

韶関東駅に到着

韶関東駅に到着

英徳から飛来峡までは北江に沿って走る

英徳から飛来峡までは北江に沿って走る

列車は30分ほど遅れて、16時前に広州駅に到着。大勢の乗客が降りると同時に、湛江、海口方面へ行く乗客たちが乗降口にどっと押し寄せてきた。

広州駅でも途中乗車を希望する人が後を絶たない

広州駅でも途中乗車を希望する人が後を絶たない

同行者とは地下鉄で途中まで乗り、分かれたあとは途中で晩ご飯用弁当を買って家に戻り、また寝た。久しぶりの高級軟臥の旅は、今までたまった疲労を吹き飛ばしてくれました。ほんとグッスリ眠れたのは良かった。

今回の乗車距離は2294キロ。今回の総乗り鉄は合計5563キロでした。
私の乗車距離は41万4054キロです。

T316次 呼和浩特〜北京西に乗車

今回の旅行で「呼和浩特に寄るよ」と言うと、みなさん「いいな〜」という反応が必ず返ってくる。せいぜい馬が駆ける青い草原と宿泊施設のパオをイメージしているのだろう。しかし、悲しいかな。K1674次から降りて1時間半経ったあと、再び北京西行きの特快に乗車。観光はせいぜい朝の跨線橋の撮り鉄ぐらいで終わっているのであった。

今回乗車したT316次そのものは、ハルピン東〜大連を結ぶ昼間の特快として誕生したものの、哈大高鉄の開通で消滅、13年1月より呼和浩特〜北京西でRZ25T、RW25T、YW25Tを使う車両として復活。いっぽう、今回の25T型はもともと12年夏に呼和浩特局が呼和浩特〜哲里木(隣駅が瀋陽局の通遼)を結ぶ管内快速の専用車両として長春客車で製造したものの、今年の7月のダイヤ改正で管内快速が廃止、車両そのものはT316次に置き換えられ、従来使用されていたRZ25Tなどは呼和浩特〜包頭間のT6000番台で始まる城際特快に転籍した。
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さて、車両の妻戸に呼局集段と刻印されたこの25T型は、現在17両編成で運転中。(呼和浩特方面)1〜12両目は硬臥、13〜14両目は軟臥、15両目が食堂車、16〜18両目は硬座(北京西方面)となっており、17号車が欠員となっていた。食堂車が端っこの15両目に来ている時点でおかしいとは思うが、なぜ呼和浩特局の鉄道関係者はだれも気がつかないのだろうか?

ちなみに、最初高級軟臥狙いでいたのだが、2日ほどサボっていたら軟臥、高級軟臥共に売り切れてしまい、結局硬臥下段を買ってことなきを得た。買った場所は8号車である。
さて、高級軟臥と書いたのだが、この軟臥車両はいわゆる軟臥と高級軟臥を備えた合造車である。定員数28名で、車両内の4号室、5号室は2名乗車の高級軟臥となっているのだ。料金は硬臥142元に比べ389元。まあ安くはない。
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牽引する機関車は呼局の韶山9G型だが、元々は武漢局武南段から転属された機関車となっている。過去のダイヤを追ってみると、この車両が導入されてから、列車の速度が上がったようで、現在呼和浩特〜北京西間を6時間で運行している。同区間ならこの特快が最速ではないのか。

8時24分に呼和浩特駅をあとにしたT316次は京包線を東に進む。呼和浩特南から迂回してきた貨物線と複々線のまま集寧南へと行く。朝から食堂車を利用。こんなボリュームで15元とはまた何という破格な金額。
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日が昇る内モンゴルの秋の景色と、並走する長編成の石炭貨物列車を追い抜く光景をぼーっと見つめながら1時間は過ごした。旅客線の方が新しく設計したみた いで、並走する貨物列車は河と山に沿った線形に対し、旅客線の方は山にはトンネルを掘り、大河には橋を架けるというやり方で線形を真っ直ぐに引いているの が特長だ。集寧南まで1時間弱。

駅ホームが工事中の集寧南から張家口南間はバイパス路線というべき178キロの張集線が11年4月末に開通し、北京〜呼和浩特間の時間短縮に貢献している。張家口南で電気機関車を和諧D3型に交換。個人的には25T型の編成色が最も生えるのは正反対色の赤を纏った韶山9Gであり、紺色べた塗りの和諧電気のカラーリングはいつまでも好きになれない。
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そして、張家口南を発車し、途中の沙城から北京西までは豊沙線を経由する。永定河と峻厳な岩山に囲まれた同路線は、下り路線が新しく開通し、上り路線は古い線をそのまま使用。上下線は河を挟んで左右を入れ替わることが3度あり、この勾配区間を抜けるのには速度を落とすため2時間かかる。あと、マイカーを持っている人からみれば北京西北郊外にこんなダイナミックな見所のある場所があったりする、ということで大型連休中は相当混むそうだ。
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結局10分程度の遅延で14時半過ぎに北京西駅に到着。同行者がすっかり中国鉄道寝台車にはまり、本人の強い希望で6日発広州行きのT201次高級軟臥切符の購入とG81次高鉄切符のキャンセルをするために駅切符売り場へ向かった。
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T316次は昼間のみの移動だから高級軟臥は不要だけど、やはり硬臥の下段は確保しだいかな。車両数が圧倒的にすくない硬座は普段から全漢満席コースなので安くても乗るなというのがアドバイス。

今回の乗車距離は526キロ。
私の乗車距離は41万11760キロです。

K1674次 西安〜呼和浩特に乗車

国慶節の3日目は、西安から呼和浩特へ行くK1674次の乗車した。この列車は15時24分に西安を発車し、太西線を北上。途中延安、綏徳、榆林、包頭を経由し、15時間後の翌6時54分に呼和浩特到着する快速である。所属は呼和浩特局包頭客運段。
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今回の乗車も軟臥。切符は発売直後にすぐ買えたからよかったものの、発車1週間前になるとほとんど売り切れている状態だった。大型連休の半ばといっても、需要がそれなりにあるのだろう。
牽引する機関車は韶山7Cでこの電気機関車は呼和浩特まで途中機関車交代なしで列車を牽引をしていく。車両は25Gで1号車が荷物車、2〜10号車が硬臥、11号車が軟臥、12号車が食堂者、13〜18号車が硬座の編成だ。電源が利用できた軟臥車はこの列車利用時の最大の恩恵だった。
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西安発車後しばらくは隴海線を走り、新豊から北に分岐する。今や延安まで動車組も走る太西線は複線電化区間となっており、同列車も新線を快走。ひと眠りして目を覚ましたときは、迫ってくる山と暗闇が周囲を覆いはじめていた。

食堂車は隣の硬座車から溢れ出た無座乗客で辺りを埋め尽くしていたが、食堂利用者と乗務員の食事のため逐一追い出されつつあったものの、窓際に座っている乗客は狸寝入りを決めて何とかやり過ごそうとする駆け引きが見てて笑える。
食事はお約束のセットメニューで、40元と全然安くないが、量はそれなりにあったのが救いだ。しかし、田舎路線のせいか列車長をはじめとする鉄道関係者たちが率先で禁煙ルームに喫煙を行うなど、秩序もへったくれもない無法地帯だったのはいうまでもない。
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列車は延安19時、綏徳21時20分、榆林23時と20分ほど遅れていたものの、夜明けには通常のダイヤで運行をしていた。夜明けは包頭を過ぎているときだった。包頭から東は石炭や物資を運ぶ貨物列車が頻繁に通る区間であったため、貨物と旅客の路線が異なる複々線化を果たしており、この区間は集寧南まで続いている。

この時期まだ作物が実っている。同行している友達曰く、これコウリャンかも

この時期まだ作物が実っている。同行している友達曰く、これコウリャンかも

オンタイムで呼和浩特に到着。しばらく駅西の跨線橋で撮り鉄をしたあと、再び駅に向かう。次の乗車は1時間半後のT316次北京西行きだ。

呼和浩特駅より西側の跨線橋。人民橋だったかな?

呼和浩特駅より西側の跨線橋。人民橋だったかな?

ホームで偶然見かけた呼和浩特〜二連行きのRW18AとYW18A。
rw18a yw18a

今回の乗車距離は1064キロ。
私の乗車距離は41万1234キロです。

Z86次 杭州〜西安 乗車

10月2日は午前中広州から杭州に飛び、夕方からZ列車こと直達特快・Z86次で西安に向かった。
なぜこの列車をチョイスしたのかというと、「まだ乗ったことがなかったから」という単純な理由。

車両は西安局持ちで、本来ならZ53/54次・北京西〜西安仕様だったが、12年11月の北京〜西安高鉄の開通によりお役目御免、西安〜杭州の直達特快となったわけだ。

本来は春節期間に乗るつもりだったが、西安到着後次に乗る予定の西安北〜北京西までのG高鉄の乗り換えの時間が短くまた西安北駅が西安駅から30分以上も離れており、なおかつ当時から30分以上の遅延を出していたため、間に合わないリスクを考え、そのときは上海〜西安北の寝台動車組に乗った。

さて、今回の乗り鉄は広州に住んでいる日本人鉄が奇特なことに同行志願をしてきたので、一緒に行くことになった。寝台は軟臥。高級軟臥も考えたけど、お金の問題で断念した。

杭州は広州より涼しいけど、天気はスモッグで曇っていた、お昼から夕方まで杭州の地下鉄(杭州駅の城站〜龍翔橋間)に乗り、杭州の西湖をちょびっと観光し、地下鉄工事のせいで駅前が不便な杭州駅に着いたのは16時前。
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軟臥専用候車室が1階にあるため、そこで切符を見せて荷物検査を終えて奥にある候車室へ進むと、なんと乗車する列車の1番ホームへ行くドアが開いており、ホームに自由に出入りできるのではないか。
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16時ごろZ86次がホームに入線。ドアは14号車前にあり、先頭が17号車だったので、すぐさま先頭の機関車までダッシュ。みてビックリ。てっきり西安局の韶山7Eだと思ったら、ハルピン局から上海局にドナドナされた韶山9型前期型でびくりし。スラリとした赤い韶山9Gではなく、のっぺりした水色とシルバーの韶山9。このギャップに唖然とさせられたものの、よく考えたら韶山9型がZ列車を牽引する光景は初めてみた。もしかすると鉄引力?
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乗車した車両は16号車で高級軟臥が9号車、食堂車が8号車、7〜1号車が硬臥である。乗務員はひとりで2車両担当していたが翌日はひとり1両担当していた。懸念していた個室内の電源は使用できるものの、電流が不安定なためか、充電したままのスマホ操作は言うことを聞いてくれず厳しいものであった。

18時過ぎに食堂車へ行き、たらふく食べて飲んで、また部屋で缶ビールを空けるなど食欲旺盛だったせいか夜中はトイレに頻繁に起きる羽目になった。同行してくれた日本人はきれいで使い勝手のいいな個室と、Z列車という花形寝台列車を日本の夜行列車大全盛の時代に重ね、「ほんまにええわ」とひらすら感動、買っていただいた『中国鉄道大全』を読み、次にどこへ行ってみようか思索していた。
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17時11分に杭州を発車したZ86次は途中、海寧、蘇州、無錫、南京に停車。この時点でほぼ満席となった。夜中徐州で機関車を韶山7Eに交換、鄭州で運転停車をしたあとは夜明けまで西安に向けて隴海線をひた走った。
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翌朝は10分ほど後れて渭南に到着。停車時間は2分しかなかったが、実質は4分あったので先頭車両まで走り、機関車を撮影。この限られた時間のなかで撮りたい写真が撮れたときの感動はたまらない。その後食堂車へ行き朝食を食べようとしたら、なんと売り切れ。前日買ったバナナで過ごした。
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そうして9時20分に西安に到着。私は4時間80元のホテルに引きこもり、同行者は西安観光をしに市内へ向かった。
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今回の寝台列車は春節以降半年ぶりに乗車ということもあり、サービスはZ列車らしく素晴らしさを感じた。また日本人同行者がいてくれたおかげで退屈もせず、久々に楽しめた乗り鉄だった。

今回の乗車距離は1679キロ。
私の乗車距離は41万170キロです。

T98次に乗車中(4) 朝食 08年3月

Wednesday, March 26th, 2008

今朝の朝食も食堂車を使った。
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メニューは昨日確認したジャージャー面とピータン赤身粥(15元)を注文しようとしたら、「実はこっちなのよね」と別メニューを渡され、ジャージャー面が広東式飲茶に変わっていた。値段は同じ。でも朝から飲茶は嫌だから、三絲炒面と皮蛋痩肉粥に変えた。
このメニュー、T98次と同じ列車管轄(広深鉄路)のT107次(北京西~シンセン)に乗った友人曰く、お粥の味が全くないと酷評だったため、どんだけひどい内容なのか、ちょっと試してみようかと思った。

早速、乗務員からお茶と箸が手渡され、5分ほどで注文した三絲炒面と皮蛋痩肉粥が来た。
三絲炒面は結構山盛りで、粥も深いお椀になみなみと注がれていた。乗務員がわざわざ箸を紙の包みから取り出して渡してくれた。予想外のサービスだが、やはりなんかチグハグしている感じは否めなかった。
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そして、お粥をひと口すする。……別に普通の味じゃん。しょっぱくもないし、味なしでもなく、普通のお粥でした。北のお粥は塩分が濃いのかどうかは分から ないが、文句はない味だ。準国際列車だから、味は気をつけているのか? あとは昼と夜のメニュー価格さえ安ければ問題ない。

あと5時間半で北京に到着です。