カテゴリー別アーカイブ: 高鉄、動車組

広深線を除く動車組の紹介

これまで更新してこなかった乗車記録

最近サボり気味でした。すみません。

15-07-29 C7052次 深圳〜広州東 139 79分 CRH、二等軟座 79.5
15-07-29 C7077次 広州東〜深圳 139 79分 CRH、二等軟座 79.5
久しぶりの深圳。7月26日から全国でペットボトル水のサービスが中止となっていた。
列車名は金融公関号だった気が…

15-07-12 C7605次 広州南〜珠海 116 69分 CRH1A、二等軟座 70
働くダメ人間の会inマカオで乗車。二等席だが実は7月1日以降は無座扱いで好きなところに座れたのがよかった

15-07-05 D2819次 貴陽北〜広州南 864 6時間 CRH2、二等席 266.5
15時台から17時まで列車がない! 到着時間は地下鉄2号線終了後の23時40分。蒸し暑いタクシー乗り場には泣きたくなるくらい長蛇の列の上にタクシーは全然来ず、仕方なく白タクで帰宅。ご丁寧に自宅まで送り届けてもらった。
列車名は地元貴陽のデベロッパー企業名。バブルですな

15-07-04 D2822次 広州南〜貴陽北 864 6時間 CRH2、二等席 266.5
貴陽マラソン参加のため乗車。行きは30分、戻りは20分の遅延。途中50〜150kmしか出していない区間もあった。桂林北駅はデルタ路線になっており、折り返し運転。同時に座席もセルフサービスで乗客が自分たちで回転していた

15-06-28 D937次 広州南〜上海虹橋 1725 12時間 CRH1E、軟臥下段 630
出張で上海に行ったとき利用。同室に子連れがいたため、煩くて眠れなかった

15-05-31 C7605次 広州南〜珠海 116 69 CRH1A、二等軟座 70
マカオに行くために乗車。実は7時台の乗車の方が助かるのだが、南駅到着が6時45分になってしまい、結局7時半まで待ち

15-05-23 C7052次 深圳〜広州東 139 79分 CRH、二等軟座 79.5
15-05-23 C7077次 広州東〜深圳 139 79分 CRH、二等軟座 79.5
ガンダム会深圳オフで出撃。帰りは大雨の影響で1時間半の大遅延。広州東駅から夜間バスに乗って自宅まで帰った。

私の乗車距離は46万9580kmです

乗った南京行きは当たり? 外れ?

お昼に上海駅近くのココイチで加藤氏たちと待ち合わせ。やっぱりココイチはいい。事務所は広州にあるのに店舗は深圳のみとはちと寂しい。
IMG_7062 6

午後は買った列車チケットが違っていたので、南京のホテルで合流することになった。
私が買ったチケットはG9476次。上海から南京南を経由して、合肥に行く臨時高速鉄道。臨時という名前がつくため、普段は扱っておらず、五一のような繁忙期にときどき登場する。5月1日、上海から南京行きの切符が軒並み売り切れ状態のなか突如現れたこの臨時便に私は食いついた。
南京南行き切符

ネックになっていたのは所要時間。上海〜南京間は大体100〜120分前後に対しこの列車は2時間半もかかり、しかも停車駅は南京南駅。てっきり滬寧城際鉄路は南京駅から合肥方面に向かうだろうとタカをくくっていたが、どうやら線路自体が南京長稿大橋方面に繫がっている可能性が低く、動車組で長江を渡り、南京駅から他の地域に移動するという選択肢はなさそうだ。

切符改札開始は大体発車15分前。上海駅は以前の改装工事で軟臥候車室がなくなったかと思ったら、しっかり駅中にあった。
IMG_7065

ホームに降りると見たことない動車組が…。おおっ! これはボンバルディア社ZEFIRO380ベースの和諧380D(CRH380D)ではないか! しかも重連。2013年より滬寧城際鉄道、滬杭城際鉄道を走りはじめた高速車両で、当初の20本は上海鉄路局に納められ、今後増産体制が決まっている。正面から見ると大してカッコ良くないが、側面から見るとサイドビューからライト部分にかけてくねるように描かれる黒いラインがカッコいい。屋根の上にMSのようなカメラがついていた。
7-CRH380D IMG_7080
16両固定編成はなく、普通に8両固定編成だ。16両にしてしまうと、閑散期の運用に困るからだ。

車両の種類は特等席と一等席と二等席の編成。特等席はおそらく両端の先端についている。ただ、二等席以外の一等席と特等席な何号車にあるかまではチェックできなかった。何しろ無座の乗客も多く、扉付近でしゃがんでうずくまる座席難民もおり、トイレまでいくのが精一杯だったからだ。
10

G9476次は13時18分に上海駅を発車。上海から南京までのルートは京滬線、滬寧城際鉄道、京滬高速鉄道の3ルートに分かれているが、G9476次は京滬高速鉄道を運行。陽澄湖の端を掠めるように走っていたのが印象的だったが、発車後すぐの昆山南駅で3回、無錫東駅で1回、鎮江南駅で2回抜かされたことにガッカリ。高速鉄道の臨時列車とはいえども、ダイヤの間を縫う時間しか設定をもらえず、悲しいかな、昆山南では30分上待たされたこともあった。
8 9

また、トイレに行くときに気がついたこの車両の欠陥とも呼ぶべき内装は二等席の天井の狭さ。よくよく見ると車両端から1/3までスピードメータパネルが出っ張っており、網棚スペースはリュックは置けず薄いビジネスバッグぐらいなら置ける高さとなっていた。
IMG_7072←問題の網棚スペース
残り2/3以降は普通に荷物が置ける網棚スペースがあったものの、なぜこのようなヘンテコな作りになってしまったのか全然理解できない。カッコよさを追い求め、知らず知らずのうちに乗客に苦痛を与えるこの室内設計を許可した製造元のボンバルディアと四方客車には喝を入れたいくらいだ。
IMG_7074 IMG_7075 IMG_7077 IMG_7079

南京南駅到着後は発車するCRH380Dを追い撮りしたのちは、地下鉄で南京駅まで移動。南駅から南京駅までざっと50分。いやはや遠い駅であることには変わらない。
11 12 12_2

今回の乗車距離は311km。
私の乗車距離は46万5266kmです。

五一午前中は撮り鉄三昧

上海南駅に到着後は、昨晩南京南行き高鉄切符をを発行し駅切符売り場に向かう。地下鉄から駅入り口に向かう人だかりはできていたが、切符売り場はさすがにガラガラ。

切符を手にした後は地下鉄1号線の終点、莘庄まで向かう。この駅の跨線橋から滬昆線が通過するので、ここを利用すれば、時間帯にもよるがそこそこ撮れる。

実は一番良く目にする列車は上海南〜金山行きの金山城際鉄路。日本の新幹線と同じタイプの和諧2Aがバンバン走っている地域で、10分に1本置きにやってくるため、撮るには困らない。ただ1回上海南駅発車の重連編成の和諧2Aは途中から上海虹橋方面に進行方向を変えて進んでいってしまった。
1

この重連和諧が停まっている間、やって来たのが、深圳〜上海南行きのT102次。もともとは武昌〜長沙間を結ぶオール軟座列車で使用されていた番号だったが、07年4月のダイヤ改正で、和諧号に譲る形で消滅。列車番号そのものは、上海南〜深圳間の列車として走っている。
2_T102

続いて、芦潮港から上海に入るK8352次が通過。この日は周恩来号が先頭に立ち、BST5両と緑に塗りたぐった電源車を牽引していた。
3

上海南駅発の長距離Z列車は包頭〜上海南〜杭州行きのZ281次。和諧D1D型に牽引されて、ラストスパートをかける。
4_Z281次杭州行き

最後にやって来た珍しいお客さん。おそらく上海方面からだと思うが、東風7型に牽引された25T系荷物車専用列車。ここで荷物の搬送をやっているかは分からないが、貴重な組合せな編成はここだけでしか見れない貴重な1枚となった。
5

短時間で、ここまで効率よく写真が撮れたのはすごく久しぶり。欲を言うなら、Z列車やT特快列車が通過する時間帯をチョイスしたいものだ。

清明節ラストは撮り鉄と寝台動車組

1カ月以上空いてしまったけど更新。
4月5日清明節のど真ん中の午前中はdazhao氏と羅先生一緒に北京郊外の広陽城の京広線での撮り鉄に出撃。最近北京も撮影スポットがどんどん少なくなり、京広線や京滬線は郊外まで足を伸ばさないと撮れなくなってきており、現地の鉄道ファンの苦労が忍ばれる。
今回は地下鉄9号線から良郷線を乗り継ぎ、広陽城駅まで遠征。ちなみに北京西駅からここまでざっと40分近くかかる。この駅近くにはショッピングモールがあるため、食料と水事情には困らないが、意外と駅から線路まで1.5km近く歩くため、夏場は傘が必須になる。ルートはショッピングモールを通過して長陽路を西に進めば、京広線の陸橋に出る。
1_Z49 2_Z35 3_T145 4_Z安康

ここでは、成都行きZ49次を撮影したのち、広州行きZ35次、南昌行きT145次、安康行き臨客Z列車、香港行きZ97次を撮影。快速は覚えていない。やはり、北京は広州行き列車を除き、特快列車とZ列車はほとんどが和諧D3D型が担当。かつて韶山7E型や韶山8型は影も形も見せず、面白みのない和諧D3D型と何とか持ちこたえている韶山9G型のツートップとなっている。K快速以下は和諧D3C型かときどき韶山8型という構成で、まだ韶山8型天国の広州がまともに見えてきている感じだ。
5_Z97

午後は北京西駅近くの蓮花池公園から撮影したが、架線柱が多く満足できる作品は撮れず無念の撤退。夜は広州南行きD909次で帰投。使用車両は北京方面はCRH2Eのみ。この時期、京滬線を走る寝台動車組の本数を減らしても、旅客が増える京広高鉄の増便に充てているため、中国鉄道総公司の寝台動車組にかける期待は大きい。2300kmを11時間切るダイヤは最高だ。食事はお約束の吉野家で済ませてしまったため、広州南、深圳北行き乗客のみに提供される軽食は翌朝まで取っておいた。
D909_2 D909_3 D909_1 D909_4 D909_5 D909_6

4月10日から軟臥下段の料金が1120元から900元に値下げしたのだが、清明節前に行って欲しかった。おそらく7月から曜日別と予約日別で料金の変動を行ってくるが、大幅に値上げてくるかは微妙。ただ、これまでは料金の週末を挟んだ週4日のみの運行だったが、毎日運行となれば平日の出張時にも飛行機から列車への選択肢は増える。5月の中旬から下旬にかけて、連日の集中豪雨で上海と広州方面のフライトは大幅なキャンセルと遅延が発生している。夜に発車、朝到着の寝台新幹線を使えることができれば、大事なビジネス面にて受ける影響は飛行機と比べて格段に少ないだろう。

今回の乗車距離は2298km。
私の乗車距離は46万3140kmです。

広州発北京ホテル到着まで24時間

4月2日の午後から北京に向かうべく14時に広州を出発した。珠江新城からタクシーに乗り、約40分の63元。
広州南から長沙南まで高鉄に乗っていくが、数日前まではすべて一部の列車しか切符残席がなく、仕方なく汨羅東行きのチケットを買って途中を棄てて広州南で降りるか悩んだが、その後長沙南まで行くチケットをゲットできたためホッとした。切符は二等席で314元。汨羅東行きは349元だった。三連休2日前だというのに、広州南駅はかなり混んでおり、嫌な身分証とボディチェックを受けなければいけなかった。
IMG_6670

乗車するG6002次は深圳北〜広州南〜長沙南行きで、使用車両はCRH3、広州南発車後はノンストップだ。15時半に発車を発車、2時間22分という俊足で18時前には長沙南駅に到着。座る予定だった1号車のA座席にはすでに先客がいたが、その人が本来はC席だったので通路側のままで過ごした。広東省から湖南省にかけての沿線は、新緑が萌える季節だったせいか、普段よりもきれいだった。
1 2

長沙南駅から長沙駅までは14年4月末に開業した長沙地下鉄2号線で移動。7駅20分3元。
運行本数は8分に1本で、1編成6両編成。これができただけで、在来線駅と高鉄駅との行き来が随分楽になった。
IMG_6676 IMG_6674 4 3

長沙駅のマックで仕事をしながら時間を潰したあと、20時前に長沙駅に入る。かつては1階に軟席候車室があったはずだが、今は商務候車室に改装されており、軟臥客は10元取られた。入り口に毛沢東の石像が建っており、奥に行くと幾つもの待合室が用意されていて、乗客は好きな場所で休憩を取ることができた。Wifiもあるが、サーバーにアクセスできない。
5

発車30分前にT2次改札のアナウンスが始まり、地下から地上のホームへ向かっていく。中国の地方駅は小高い丘の上に造られていることがあり、乗客は設けられた一方通行のホームへの地下道を抜けてホームに上がる。こういう類いの駅は広州駅、ウルムチ駅、長沙駅などがある。

2番線ホームには久々に乗る25K系車が待っており、乗車する軟臥車のみは今後の客車の統一基準である緑色に塗られていた。軟臥車内は至ってオーソドックスな内容で、車内に電源はなし、Wifiが飛んでいたもののこちらもサーバーにアクセスできなかった。
IMG_6683 IMG_6686 IMG_6680
T1/2次は1975年9月29日に誕生した特快列車で戦後の中国鉄道60年史を鑑みれば、中期辺りの登場といえるが、当時は中ソ紛争と文化大革命の影響もあってか北京〜モスクワ間の1/2次列車が19/20次に変更され、栄えある1/2次列車は毛沢東出身の長沙と北京を結ぶ列車に宛てがわれた。

中高年以上人は、この列車が中国で一番早く登場した列車だと勘違いしている人も少なくなく、筆者が別の特快に乗車し、相部屋の中国人が私のことを鉄道ファンと見ると、「中国で一番早く登場した列車を知っている?」と2、3回ウンチクを聞かされたこともあった。

1998年のダイヤ改正から25K系客車を宛てがわれ、当時は北京行き花形列車として高級軟臥車も連結して運行していた同列車も04年のZ列車、12年のG高鉄といった中国鉄道の最新シンボルが登場するたびに廃れて行った感は否めないというのも、分かりやすい一例が乗務員の質である。高速鉄道なら品も格も揃った将来幹部候補のエリート揃いに対し、T2次の乗務員はふてぶてしい態度か、ひたすら携帯電話を弄り回しているか、そんな程度の寄せ集めだった。乗客目線からおいしいところは同じ区間を走る現在の花形列車に吸い上げられてしまっていると感じてしまうことは否めない。
7 6 10

それでも毛沢東出身地と北京とを結ぶ列車というブランドイメージを崩さないために、中国鉄路総公司は和諧3D型1898号の毛沢東号を始発から終点まで専用機関車といて14年末に配備したのである。1機しか配備できていないため、当然もう1列車には普通の和諧3D型が牽引することになるが、T2次は北京到着後は車両基地に搬送されずそのまま折り返し運転となるため、その際毛沢東号がすでに連結のため駅手前で待ち構えており、そこを撮影=狙えるということになる。

21時半にT2次は長沙駅を後にした。途中岳陽、武昌、鄭州と停車し、翌朝目が覚めたときは9時過ぎ邯鄲に停車する前だった。遅延はまったくなく、むしろ5分速く到着したため途中停車時間も5分延びたということだった。朝食は15元の辛い米線を食べた。
IMG_6700 IMG_6693 IMG_6692

その後、石家庄駅を発車後、列車は高速鉄道と並走する形で同じく地下に潜り、石家庄北近くで地上に出てくる。旧駅の場所は再開発をしているに違いない。

保定駅では27分間の停車。ここではZ56次、Z35次、Z286次に抜かされた。やはり毛沢東号牽引機だったとしてもそのヒエラルキーを覆すことは叶わず、半ば都落ち特快というイメージは避けられない。
9 8 12---z56 13

北京駅には定刻より3分早い14時16分に到着。ホーム手前の別線路では毛沢東号が停車していた。折り返しは15時25分の発車だ。
20 19 18 17 16 15 14__盧溝橋 IMG_6721

今回の乗車距離は707km+1593km。2300km。
私の乗車距離は46万842kmです。

南広高鉄に乗車

1月X日
この日は広州に戻るため、朝7時発の南広高鉄を走るD3601次に乗車するため、南寧東駅までタクシーを飛ばした。
南寧駅前のホテルから南寧東駅まで大体12kmで38.1元の25分。人によっては「高い」という反応もあったが、チェックアウトが5時半だったので、公共バスが発車する前の足はタクシーしかないのだ。
1

南寧東駅は24番線ホームがあり、営業開始は6時から。
面倒臭いボディチェックを受けたあと、駅に入るがお店は食料品を売っている店舗しか空いていなかった。
2

発車15分前から改札を開始。車両はCRH2だが、第3世代っぽい感じ。先頭車両には小窓が付いている。一等席は1号車でそれ以外は5号車がビュッフェ車、それ以外はすべて二等席の編成となる。
4 3

切符は年明けにはほぼ売り切れの状態が続いたが、一等席は発車当日発売するお約束の「切符発売制限」をかけているため始発便はどうやって購入できるのかついに分からなかった。

同路線は、13年末最初に南寧東〜梧州南間が開業したあと、14年12月26日に広州南まで全線開業。今のところ、1日16本あるが、1編成8両の動車組が多いため、あという間に満席御礼だ。
そんなわけで、CRH2を重連の16両編成にしない限り、「一票難求」は解消されないだろう。

南広高鉄は、南寧東から黎塘西までは、柳南高鉄と並走。黎塘西から貴港北までは黎湛線と並走するがそれ以降は独自の線路に入る。D3601次は、貴港、平南南、藤県、梧州南、郁南に停車後広州南駅まではノンストップだが、途中速度ダウンがあるため、563kmでも4時間ほどかかってしまう。

当日は天気が悪く、沿線景色は良くなかった。
肇慶付近から、貴陽からくる貴広高鉄と並走。11時ジャストに広州南駅に到着した。

今回の乗車距離は563km
私の乗車距離は45万7026kmです。

サボっていた分の乗り鉄更新

5月10日から放置プレイが続いていた乗り鉄更新ですが、記録だけはしっかり残しています。
8月16日までの間、大きなイベントは、

端午節の K917次蘭州〜ラサ 2188キロ
7月末の 西安〜北京〜合肥〜蘇州 のGとZとDの乗り継ぎ紀行 2702キロ

で残りは広州東〜深圳間の往復となります。

それで、現時点の乗車距離は43万キロ。もうすぐ44万キロが見えてきます。

私の乗車距離は43万8261キロです。

【五一乗り鉄シリーズ】武漢から広州へ

5月3日は午前中武漢を観光して、夕方広州に戻る高鉄に乗った。
漢口近くから地下鉄に乗り、途中乗り換えを行い武漢駅近くまで行ったら約1時間近くかかった。タクシーに乗ると高速であっという間につくけど、地下鉄だとやはり各駅に停車するから時間がかかる。だいたい、停車駅数を数えたら20駅を越えていたよ。

さて、余裕を持って到着したあとは、武漢駅で撮り鉄。幸い乗車する列車の改札は発車15分前からなので1時間ほど撮りに撮りまくった。写っている列車は全部高鉄だけど。

乗った列車は、武漢発広州南行きでG列車の4桁のG1147次でCRH3の重連。さすがに3連休終わりの当日こそ売り切れていたが、前日まではパラパラと二等席の残数があった。

一等席と特等席は残っていた。

18時手前に発車した列車は、約5時間近くかけて広州へと移動。約4時間半かけて広州南に到着すると思いきや、広東の清遠駅で10分ほど臨時停車。結局10分の遅れで、広州南駅に到着した。時計の針は22時40分でいつ終電になってもおかしくない広州地下鉄に乗って、広州火車站まで移動。その後、5号線があるかどうか心配だったが、ちょうど、終電に間に合い夜中12時前には家に戻れた。

ただし、その後洗濯をしていたら2時を過ぎていたが。

今回の乗車距離は1069km。
私の乗車距離は43万174kmです。

【五一乗り鉄シリーズ】当陽と荊州の三国志巡り

この日は漢口6時10分発の動車組(D5921次、CRH2)で宜昌(かつての夷陵)東へ行き、駅そばの長距離バスターミナルからミドルサイズバスのイーベイコーに揺られて当陽へ行った(高速利用25元)。

この地は知る人ぞ知る三国志遺跡が豊富な街で、208年に襄陽から江陵へ逃げる劉備軍の趙雲が、この当陽で追いつかれた曹操軍50万のなかから阿斗(後の劉禅)を助けたという故事に基づいた「長坂波公園」や負傷した劉備の奥さんの糜夫人が井戸に身を投げたという「娘娘井」(太子路を奥に行き、1歩裏手に入った道路脇にある商店を折れるとすぐそこにあるが、探すのに苦労した)、橋の上で張飛がハッタリで曹操の大群を引かせた「張翼徳横矛処」(グーグルマップにあった)、219年に関羽が呉軍に捕まり首を切られ、呉の孫権が胴をこの地に葬った「関陵」(首塚は洛陽の関林)などがあある。五一期間は料金がどこも安く、高い門票も一定の割引金額で販売していた。
1 長坂波公園の近くにある趙雲像
2 3 長坂波公園のなかにある趙雲像。
新しく建て直した回廊にはカッコいい趙雲が描かれている。

また、当陽から荊州へ通じる道路の別称が実は麦城路(関羽が最後に籠った城)だったり、当陽の街中に子龍路や翼徳路など思わずニンマリする名前の道路があったり、関羽と関平が斬られた場所「臨沮」を発見するなど、20年前の野望がようやく実現できた。
4 娘娘井
5 6 7
関陵。30元が23元になっていた

8 9
当陽駅と駅前の車站路を東に10分ほど歩いた場所にある張翼徳横矛処。

その後、バスで荊州(ボロバスで30元、2時間)へ移動し、荊州古城の新南門そばにある関羽祠を見学。荊州は関羽が治めていたため、立派な関羽像が何体もある。
11 12 13
荊州城内にあるの関羽像、関羽祠(20元)

14 10 荊州古城

晩飯は荊州で食べて、20時50分の荊州発D5836次で漢口に帰投。ところが、地下鉄が目の前で終電になってしまい、途中満員の終バスに乗ってホテルに戻った。
今回のメインとなった三国志遺跡めぐり。
ぶっちゃけ、動車組が開通したおかげで行きやすくなったのですが。

今回の乗車距離は292km+204km。
私の乗車距離は42万9105kmです。

【五一乗り鉄シリーズ】赤壁強行日帰り

この日は朝早起きして赤壁へ行くために、漢口にあるホテルから武漢駅までタクシーを飛ばした。

ちなみに参考までに、遠い武漢駅のアクセスは、
・建設路のホテルから武漢駅までは約70元の30分
・地下鉄2号線と4号線を乗り継いだ場合、5元の1時間
・武漢駅発天河空港行きバス(途中漢口駅下車)の場合、約30分の12元(30分に1本の発車)
・路線バスだと610路の漢口駅行きで1時間半の●元(乗ってないので不明)。

となっている。

それで、乗車1時間半前に到着してしまったため、駅で改簽をし、G列車からD列車に乗り換えをふと思いついた。実は発車10分前を切っており、なおかつ一等席しかなかったが、改簽に成功。猛ダッシュで階段を降りて乗車する。
車両はCRH2Cを使用しており、D列車とG列車のどちらにも運用できる、まさにDの皮を被ったGという扱いだ。
武漢駅を発車したD2101次は、右手に見える東湖をかすめて、40分弱で赤壁北に到着。ちょうど乗務員がジュースと軽食のサービスをしていたが、手前で駅に着いてしまい、朝ご飯の代わりとなる軽食をもらい損ねたのが心残りだった。

赤壁北に到着後、どうやって赤壁古戦場へ行えばいいのか思考を巡らせていたら、観光地に直接行くマイクロバスが出ていた。約10分待って発車。片道約45分、9元。
1

赤壁古戦場はいつの間にかテーマパークとなっており、広大になった敷地内にいろいろなアトラクションや施設などを設けて見学コースとしていた。
2 3 4 5

6 龐統が住んでいたといわれる鳳雛庵

14 孔明が風を起こしたといわれる拝風台
7 8 9 10
いつの間にか、こんな銅像ができあがっていた。

かつて、長江をフェリーで渡り、近くにあった赤壁を観光するルートとうって変わって、125元というちっとも安くない(これでも五一と国慶節期間は25元引きなのだ)入場料を払わされて、半ば放置プレイで手入れが悪くお店も軒並み閉まった園内を3時間も歩かせる苦行が待っている。

11 12 お約束の地

見所は周瑜像と長江の畔の絶壁に赤く塗られた「赤壁」の文字。それ以外は赤壁塔と金城以外見る価値が全然ない。一応、明の時代に建てられた拝風台と鳳雛庵もあったけど…。
13 赤壁塔から見ろした金城

戻りは、同じく観光バスで市内に戻る。今回は高鉄の駅へは行かず、街中にある西站停車場行きとなった。最寄りの道路名は純に草冠が付いた純川大道で、赤壁商店街の中心地となっていた。

バスターミナルから東に歩くこと20分、宝成路という道路とのT字路のところに路線バス停があり、4路のバス(赤壁貨物→赤壁北→長途客運站→赤壁火車站)に1.5元を払い乗車。約15分揺られて高鉄の赤壁北で下車して、15時半のG504次(CRH380BL)に乗り、16時過ぎに武漢駅に到着。
空港行きバスに乗り、途中漢口駅で下車して地下鉄でホテルに戻った。

今回の乗車距離は128km×2
私の乗車距離は42万8609kmです。