中長期鉄路網計画

中国大陸を張り巡らす高速鉄道計画

 中国鉄道は第6次ダイヤ改正を成功させたものの、あくまでも時速300km/hへの過程のひとつにすぎず、最終目標はヨーロッパや日本にように全国に高速鉄路網を張り巡らせることである。そして、その中心となる旅客専用線の建設により、混在していた旅客と貨物の棲み分けをはっきりとさせ、それぞれの輸送問題を一気に解決させようとする試みでもある。
 05年、国の計画事業である5ヶ年計画とは別に、中国鉄道の現代化に向けて、政府と鉄道部による中長期鉄路網計画が決定した。この計画では20年までに、中国鉄道の営業総距離が10万kmに達し、複線電化はその半分の5万kmを目標にしている。また、その複線電化のうち、1万2000kmは旅客専用に特化した時速300km/hの運行が可能な高速鉄道建設計画が含まれている。そのうち、北京〜天津間の京津城際鉄路が08年の8月に開業予定をしている。
 その後08年の年末には修正案が提出され、20年までの総額投資を5兆元に引き上げるとともに、1万2000キロの高速線は2万キロまで延伸させた。これは大都市周辺で整備される都市専用線も加味した数字となった。
 
 もともと京滬線沿線や京広線沿線の都市などでは市区人口200万人以上を抱えており、途中乗車からは座席の需要が追いついていない問題もあったが、高速鉄道網完成により移動が容易になるだけでなく、人の流れや、物資の流れをさらに加速させ、地域の経済成長とリンクするメリットがあるからである。そして、これら高速鉄道でも在来線と同じ標準軌を採用するため、在来線との乗り入れが可能となり1本の列車が乗り換えなしで目的地まで到達する利便性が生まれるのだ。
 中国鉄道部が勧める大量輸送と鉄道高速化の動きは、実現すれば中国は世界にまたとない鉄道大国となりうるのだ。  

京滬高速鉄道

 2008年4月18日、温家宝首相出席のもと、北京市大興区の北京特大橋の建設現場で京滬高速鉄道建設の起工式が行われた。1997年、中国鉄道部による京滬高速鉄道の構想が固まって以来、さまざまな議論を経て、ようやく着工を実現することができた。
 北京と上海を結ぶルートはいわば日本の東京〜名古屋〜大阪間の太平洋ベルトに匹敵する重要路線で、沿線地域のほとんどは経済活発な地域となっており、北京や天津を中心とする、環渤海経済圏と上海を中心とした長江デルタ経済圏がある。1000万人の人口を持つ北京と上海および、5000万人の人口を持つ河北省、山東省、安徽省、江蘇省らのルートを合計すると、中国全GDPの40%を占めている。
 そして、同区間をつなぐ京滬線は中国を代表する主力幹線で、08年の時点で200km/hを走るCRHシリーズが運行されていたものの、旅客と貨物が雑居する状態が続き、しかも列車ごとにスピードのばらつきもあるため、大量輸送という点ではいささか貧弱の状態となっており、旅客と貨物を分離する上で、2010年末の開業を目標に高速旅客専用線を設けることになった。
 この、高速旅客専用線の完成により、同路線では最短3分間隔で同タイプの高速列車を増発することにより、年間8000万人の乗客の輸送が可能となり、列車での利便性の向上と地域活性化が望まれる。一方、旅客の減った在来線は貨物の輸送により専念でき、石炭中心だった輸送形態からコンテナ中心の物流ネットワークを築くことも可能になってくるのだ。  

建設計画とルート

 京滬高速鉄道は、07年、中国鉄道部や国家開発銀行らが出資して設立した京滬高速鉄路股イ分有限公司が経営母体となる。
 北京南と上海虹橋空港を起点とし、間に廊坊、天津南、華苑、滄州西、徳州東、済南西、泰山西、曲阜東、棗庄西、徐州東、宿州東、蚌埠南、除州南、南京南、鎮江西、常州北、無錫東、蘇州北、昆山南の21駅が設置される。
 軌道はレール式を採用。全長は1318kmで、総投資額は2兆209億400万元、設計最高速度は350kmを予定している。同路線の完成後、在来線で10〜14時間かかっていた運行時間が5時間に短縮される。
 
 この高速鉄道建設において、一番議論されたのが、レール式とリニア式のどちらかの採用であった。レール式は、日本が新幹線を売りこんでいたこともあり、在来線と乗り入れもできるメリットがあった。一方、リニア式は中国の地下鉄車両の納入に実績を持つドイツが強く推していた。当初からこの方法採用しようとしていたものの、一部の権威のある物理学者たちの間では、リニア式を支持していた。
 彼らの主張として、世界的に技術が遅れている中国にリニアの技術をもたらせば先進国との距離が一気に縮まるという見解だった。現在でも中国は、スピードにしろ、技術にしろ世界から見て、一極突出した部分を重点的にアピールさせることで、中国国民の国威高揚につなげようとする意図がある。そして、「世界最高速度を誇る」意味合いで、高速鉄道の実験路線となる上海リニアの建設が始まった。そして、最高速度430kmを持つ上海リニアが完成したものの、建設コストやリニアが発生させる磁場による沿線住民の不安などネガティブな要素が発生し、最終的にはレール式での建設が決まった。
 そして使用する車両にあたって、自国開発の中華之星プロジェクトが挫折したため、高度な技術を持つ海外メーカーの車両を直接購入し、将来的に自国の技術に結びつけようとする意図もあり、国際入札が行われた。この高速鉄道建設にあたって、日本、ドイツ、フランスの3国間で激しい争奪戦が行われ、日本は受注をめぐり中国との政治問題に発展したことは記憶に新しい。この車両入札は、在来線で使用する時速200kmの車両に変更され、最終的に日本、ドイツ、フランス、カナダがほぼ平等に担当することで決着が着いた。

使用車両

 京滬高速鉄道では、ひとつのメーカーが全面受注するわけではなく、やはり複数のメーカーと契約を結んでいる。
 カナダのボンバルディアでは、250km/hの高速列車1編成16両の40編成分を中国側から10億ユーロで受注したと発表。この金額は、中国過去最大となる。そのうち、半分の20編成分は寝台車が組み込まれる予定となっており、CRH1をアップグレードした車両となる予定だ。
 いっぽう、日本の川崎重工でも南車四方車両からCRH2の8M8T16両化バージョン20編成分を受けたといわれており、これがCRH4になるのではないかともいわれている。これらの列車は京滬高速鉄道にのみ限定されることは考えにくく、京広高速鉄道などでも幅広く使用されると思われる。
 また、09年3月16日のニュースでは、北京鉄路局が中国北車唐山軌道客車有限公司と中国北車長春軌道客車股分有限公司との間で時速350キロの高速列車100本の購入契約を締結。総額は392億元といわれ、京滬高速鉄道で使用される。

高速化の課題

 まず、料金において、京滬高速鉄道では、1km当たり0.45〜0.5元で加算され、正規料金は800元前後になる模様。同区間を走る在来線Z列車の軟臥料金499元より300元高い。そして、京滬高速鉄道を基準にすれば、倍近くの距離がある北京〜広州の京広高速鉄道の座席車はざっと1300元近くと、軟臥はおろか高級軟臥に近い価格帯になってしまっている。寝台料金なら、2000元を越えるだろう。シーズンによって価格が変化する航空運賃と見比べると、目新しさ以外に魅力を感じる部分が全然足りない。
 いっぽう、競合となる北京〜上海間の航空機は、中国東方航空、中国国際航空ら複数の航空会社が共同で運営する京滬快速を07年8月より設定しており、30分間隔のフライトで、片道2時間で結んでいる。
 それに対し、現段階の中国鉄道におけるサービスは以前に比べればましになったものの、航空機と比べると、かなり遅れている。ひとつはチケット購入の問題で、鉄道の場合、切符発券の端末に限りがあったため、混む時期は1枚の切符を購入するだけで途方もない労力を強いられ、お金持ちは飛行機、貧乏人は鉄道という2極化が進んでいる。
 航空機からシェアを切り取るためには、航空機以上のサービスを実現しなければならず、切符の発売システムも変えていかないと、いったん離れた乗客はなかなか振り向いてくれない。また、真偽のほどはともかく、京滬高速鉄道の使用車両は寝台車も食堂車も除いた座席車のみで編成されているため、何か付加価値をつけない限り、高速鉄道とはいえ乗客をただ物のごとく大量に運ぶのみという図式になってしまい、かえって列車離れを引き起こす可能性もある。
 Z列車が運行後、乗客の間から絶賛された理由は、ホテル代が浮く夜行列車で、快適な軟臥車を基準とした編成内容だったからで、昼間運行だったらこうもいかない。高速列車に期待されるのは、空港がない大都市への大量輸送であり、航空網が発達している都市間のみに重点を置く戦略は非常にナンセンスを感じてしまう。
 
 また安全性の意識も末端の従業員まで届いておらず、08年4月に山東省で列車追突事故を見るまでもなく、単純な人為ミスの連鎖による事故が相次いで起こっており、高速鉄道なだけに、一回事故を起こせば、それが大惨事につながってしまう危険性を帯びている。この国では貨物輸送が重視されているため、復旧作業は予想より早く終わってしまうことが多いが、事故原因をろくに調査しないこの行為は安全軽視と見られても仕方がない。
 高速鉄道はいわばその国の持てる技術の総合力が具現化した輸送手段である。日本の新幹線やドイツのICEなどの評価が高いのも、高速性と安全性と正確性とサービス性の四位一体がしっかりできているからである。外国の技術を導入した中国の鉄道技術も、高速性と正確性はようやく先進国に並びかけようとしているものの、安全性やサービス性に関しては正直半世紀遅れているのが現状だ。
 
 中国鉄道部は、高速鉄道を運営させるに当たって、この四位一体を理解し、末端の従業員まで徹底させない限り、将来高速化への道は程遠い。一極のみ突出しただけで、「中国は凄い」と子供のようにはしゃぐ時代は終わったのである。